Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “朧月夜”
 


内側の奥底から淡い光が滲み出している。
そんな印象を与える白い頬へ、
小鳥の羽根のように軽く伏せられた、瞼の線のなめらかさ。
廃墟の社前、寂れた境内の石畳の上。
力むことなく、逸りもせず。
端然と落ち着いたまま、立ち尽くす若木のような痩躯は、
さして綺羅らか豪奢な綾錦の衣紋を羽織っておる訳でもないというに。
漆黒の中に浮かび上がって嫣然と、
その嫋やかな存在感を、隠すことなくのあからさまに示しており。
折からの風に流された雲間から、やっと覗いた月光の、青い光をしとどに浴びて。
陽の下にあっては淡い配色のうらやさしき姿であることを、
今この時だけは微塵も見せずの、凄絶なまでの鋭さのみにて総身を満たし。
妖しき精気をその身へはらませて、さながら妖かしが魅入った剣のよう。

  ――― 草木の嘆き、月下の相剋。
       生ある者へと仇なす邪霊よ。
       我の流す葦舟に乗りて、
       月への艀
はしけへ急ぎたまえ。

静かに紡ぐは鎮魂のための咒の詠唱か、
低められると深みを増す、伸びやかなその声に、だが、
じりじりと取り囲みの環を狭めるようにしてにじり寄るのは、
いづれも下衆な薄ら笑いを口元へと浮かべたる我鬼どもばかり。
素直に屈服して寄って来たという手合いらではなさそうで、

 “ま、そう簡単に鎮められてりゃ世話はないってもんだがの。”

ごくごく普通、一般向けの段取りにての術式や祈祷では歯が立たず、
市井の陰陽師連中が“お手上げ降参だ”と尻尾を巻いて逃げたほど。
尋常ならざる執拗さだとか、性根の悪さだとかに満ちあふれたる、
どうにも厄介な難物な手合いであればこそ、
満を持してこの彼が腰を上げた…というのが順番の、
それはそれは徹底した、調伏浄化、封印滅殺の儀が、
今まさに執り行われようとしている訳で。

  ――― ひゅひゅっ、と。

不意に、何かしらの気配が立って。
邪妖らさえ ぎくりと立ち止まったほどもの、
夜陰を引き裂くような、尖った疾風が翔る。
切れ味のいい刃が、闇を疾って残した軌跡のような。
そんな銀線を思わせるほど、鋭くもなめらかな切っ先は、
一体どこから発してどこへと消えたものか。

 《 ???》

おろおろと、見失いし不吉な光を探したその視野の端。
何処ぞかに吸い込まれていたものが滲み出すように再び、
その存在をあらわにしたと同時に、

 《 がっ、ぎゃあぁっっ!!》

咒詞をそのまま形ある存在にしたかのような、
梵字にも似た不思議な形の虹色の妖しき光が宙を舞い飛び、
瘴気に惹かれて吸い寄せられる、特別あつらえな蛍のように、
次々と餓鬼らへ張りつき、そして、

 ――― ぽうと灯される、艶やかな炎にて、

醜き餓鬼どもが片っ端から、
ぱちり弾ける蛍火に肌を焼かれ輪郭を覆われ、
もがいても足掻いても意味をなさずの、為すすべ無くもその身をほどく。
緑がかった虹色の燐光は、一体どんな意味のある罪や業の炎であるやら。
あれほど不敵そうだった太々しい表情も、今は哀れに消えうせて。
やがては炭さえ残さずの、風に砕かれて砂へと戻る。

 “あんなでも、大地の祝福、眞の名を賜った存在だということか。”

最後の燠火も砕けて消えて、さて。

 「…。」

淡と閑かで風籟の音さえ聞こえぬ空間、
それを意識にてまさぐり、つと顔を上げれば、

 「終わったか?」

この境内へと至る石段の、すぐの際にて結界を護りし相棒が、
こちらも常の墨色の衣紋を、
それでも辺りの闇とは境を明らかにしてまといし姿を現して。

 「…。」

この程度の封滅に、助っ人など要らないのに。
場末の荒れ社、しかも昨今、邪妖の噂もあるよなところへ、
わざわざ運ぶ酔狂な奴なんていなかろうに、それでもと。
結界を支える役目、彼にわざわざ言い付けたのは、

 「…観や。」
 「んん?」

駆け寄る葉柱へ視線だけを上げて見せた蛭魔。
それへと促されてのそれは素直に、
歩調を緩めつつ、指された方へと眸を遣れば、

 「…おお。」

頭上にわずか、夜空を覗ける空間を残しつつ。
その縁をぐるりと覆っての艶やかに、
春夜のおぼろ月を取りまくは、桜花の梢の花かんむり。
緋白の花手鞠が重なり合うての密に疎に、
彼らの頭上へたいそうな厚みでの天蓋を差しかけており。

 「人が入り来ぬから、精気も清かに、まあ見事なものだの。」
 「…ちょっと待て。さっきまで此処は怪しき存在の満員御礼ではなかったか。」

人に徒なす悪意の塊。
そんな怪異だったからこそ封印滅殺したのだろうがと、
何でまた、邪妖の側の存在である俺に言われているかなと、
呆れつつも一応はと、律義に反駁してやれば、

 「あやつらが ちょっかいかけたがっていたのは、あくまで人だ。」
 「…おお。」

だから?と先を促せば、

 「草や花へまで因縁振り撒く余裕なんてなかった。
  だからこそ、ここの気配も、あやつらが退けば清涼なままって訳だ。」
 「…そうまで限定されてたってか?」

何だか妙な理屈じゃないかと、
まだ少々訝
いぶかしげなお顔をしたままな、トカゲの総帥殿ではあったれど。

「…。」

さやと吹き来た夜風にあって。
金の後れ毛、揺らめかせ、
ふいと横を向いての空を仰いだ御主の顔容。
冴えた夜陰を満たした漆黒の帳の内にあって、
なのに冴え冴えと麗しいのが、
まるで頭上の桜たちのようでもあって。

 “鮮烈、つうか。凛としてるっつうか。”

孤高を恐れない、強かな君。
闇を制覇し、くっきりと映えてのその存在感の、
何とも強靭なことかと思う反面。
ああでも、凛という語には、どこか儚げな寒々しい響きも伴われるのが、
玲瓏な横顔には、細い肩には、相応しすぎて不吉かも。

 「? どした?」
 「いや…。」

唐突に神妙な気配になったのを感づかれたらしく、慌てて言葉を濁したものの、
「なあ、このまま真っ直ぐ帰るのか?」
「う〜ん、そうだな。」
それほど手間のかかった調伏でもなし、春の晩はまだまだ宵の口だ。
館に残して来た小さいのたちには、丁度の寝入りばなかも知れず、
騒がして起こすのも哀れかのと思ったか、

「ちょっとくらいなら花見もいいかな。」
「じゃあ。」

ひょっ、と。
葉柱がその黒髪の乗っかった頭上の中空にて、
大ぶりな手を素早く振って見せれば。
何処から来たやら、
つややかな肌は紛れもなくの陶製らしき瓶子が出て来て、
しかも小皿のような杯とそれから…結構な重みつき。

  ――― 濁り酒で悪いがの。
       構わんさ。お前は澄酒ではぶっ倒れてしまうしの。
       ああそうさの、抜かしておれ。

何とか形の残りし社の縁、板張りの廻り回廊へ腰掛けて、
二人じめの夜桜と月を肴に、ほんのり甘い酒を酌み交わす。
ささめ雪のようにほろほろと、
ほどけ散る花びらが、杯へと舞い落ちればそれもまた一興の、
今宵は静かに花見酒。
日頃のどたばたにも愛着は大いにあるけれど、
たまにはこういうのも悪くはないと、
御主の目許が赤らんで、
酒よりそちらで酔いそうなと、
総帥殿がそぉっとこぼした胸の裡
うち
剛の者が何とも微笑ましいことよと
物言わぬはずの月と桜とが、こそりお顔を見合わせた、
そんな静かな夜でした。







  〜Fine〜 07.4.21.


  *4月21日です。
   421、ルイヒルの日でございます。
   くうちゃん絡みのどたばたが一応落ち着いたこちらさんで、
   ちょっと書かせていただきましたvv
   これからも、どぞよろしくですvv


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